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インターネット黎明期(れいめいき)電話代10万円請求された馬鹿な男の話

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平成を振り返って

もうすぐ「平成」が終わろうとしています。ひとそれぞれ「平成」に思い入れがあると思うけど、私の場合「昭和」と較べて大きな変化を感じたことの1つは何と言っても「インターネット」。今回当時やらかした私の大失敗を少しだけ振り返ってみます。笑ってやって下さい。

ニフティサーブ(パソコン通信)

ニフティサーブログイン画面

photo by ニフティが25周年記念コンテンツとして「NIFTY-Serve(ニフティサーブ)」を期間限定復活 – GIGAZINE

インターネットは現在誰でも当たり前のように利用していますが、その前身となる『パソコン通信』が1980年代後半辺りから利用されるようになりました。

今の定額制と違ってダイアルアップによる電話回線を利用したサービスで時間との戦いみたいなところがありましたね。この辺りの説明はこちらの記事を参考にしてください。

ニフティサーブ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1990年代に入り、当時『パソコン通信』の代表として利用者の多かったのは何と言っても「ニフティサーブ」。色んなフォーラムがあり、掲示板形式でやり取りをしていました。私も1994年辺りからよく利用するようになりました。

3分間ごとに課金されるので、当時多くの人は「自動巡回ツール」を使って掲示板の新着記事をダウンロードする手法を取り入れてました。これをオフラインで読むわけです。こうすれば電話代が少なくてすみますから。

当時よく使われていたOSはマイクロソフト社の「Windows3.1」と「MS-DOS」。これがやがて「Windows95」に変わっていきます。

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ビル・ゲイツ「Microsoft」創業者 ビル・ゲイツが世界一の大富豪になった理由とは? アイキャッチ画像『一太郎』が『Word』に負けたのはWindows95発売時に戦略ミスをしたから? 『パソコン通信』を利用していた人のほとんどは現在40代後半〜60代になっています。(70代は少ないはず)

The Microsoft Network

そして日本にまだインターネットプロバイダが殆ど無い頃の話です。1995年ぐらいの頃、今から約24年前の話になります。平成7年ですね。

そう、平成7年といえばあの『阪神淡路大震災』が起きた時でもあります。当時神戸に住んでいた私はもろに被害を受けましたが、幸い家族共負傷者は無し。家の中はぐちゃぐちゃになったけど、奇跡的にパソコンは無事だったのを覚えています。

インターネットプロバイダとは?

こちらを参考にしてください。

インターネットサービスプロバイダ(英語: Internet Service Provider)とは、インターネット接続の電気通信役務を提供する組織のことである。プロバイダやISPなどと略して呼ばれることが多い。日本では、電気通信事業者であり、インターネット接続事業者(略して接続事業者)と訳されることがある。

引用:インターネットサービスプロバイダ – Wikipedia

Internet Explorer4

photo by Internet Explorer 4.0正式版、試用レポート

当時使っていたブラウザは『Internet Explorer』。これでインターネットするわけですが、いかんせん当時は先程も書いたように国内に「インターネットプロバイダ」が殆ど無い訳です。

『ネットスケープ・ナビゲーター』

photo by Netscape Navigator 4.0を含むCommunicatorの評価版が公開される

当時人気があったブラウザは『ネットスケープ・ナビゲーター』。当初は圧倒的なシェアでしたが、残念ながら有料の『ネットスケープ・ナビゲーター』は無料の『Internet Explorer』に一気にシェアを奪われてやがて消えていく運命にありました。


当時私は「インターネット」が何かあまり分からずすごく興味があったので、結局マイクロソフト社をプロバイダに選びました。それが『The Microsoft Network』です。
The Microsoft Network

photo by The Microsoft Network – Technology – MessengerGeek

主な目的はやはりあれです。海外のア◯◯◯を観るためです(笑)。当然定額制ではなく、3分毎に課金されていきます。多分当時は夢中になって観ていたのでしょう。

大の男が深夜家族が寝静まった頃、こっそりパソコンとにらめっこしていたのですから。今思えば何とも恥ずかしい話です(-_-;)…しかし家族の手前あまり長い時間も観るわけに行かないし。

電話代が10万円!

やがてある日、前嫁が血相を変えて私に詰め寄りました。

何この電話代は?

前嫁

電話代のこともあまり考えず、調子に乗っていた私は請求額約10万円という額を見てア然としました(苦笑)。

当時は自営業が軌道に乗っている時で、35万円もするパソコンを一括で購入したりしていたぐらいですからついつい…ね。

しかしそれにしてもなぜこんなに高いのだろう?よくよく考えてみると、どうやらこの接続先は海外になっていた訳です。

どうやら私はせっせとほぼ毎日「国際電話」をしていたようなんです(笑)。

管理人

仕事に必要な資料をネットで調べてたんよ
ネットって何?

前嫁

当時のやり取りはこんな感じだったかな?そんなこんなで何とかうまくごまかしたわけだけど、さすがにこりましたね。この後ぐらいからです、テレホーダイとかISDNとかADSLが出てきたのは。

ADSLを最初に出したのは、『Yahoo!BB』。確か21世紀に入ってからだったから2001年ですね。私も当時出来たてのサービスに乗り換えたのは良かったのですが、爆速に驚いた反面色んなトラブルを経験しました。急に回線が途切れるなんてしょっちゅうでしたから。

特にADSLにしてからは定額制になったこともあり、インターネットの料金はぐっと下がりましたね。そして光ファイバーの登場となって現在に至るわけです。

まとめ

今では当たり前となったインターネット接続ですが、パソコン通信をやっていた当時はほとんどの人が電話代の節約に苦心していました。ニフティでもそれ専用のフォーラムが結構活気づいていましたね。今思えばなつかしいです…

「平成」と言う時代は私にとって『阪神・淡路大震災』と『インターネット』の2つがとても大きな出来事だった…と言う話でした。

以上、お読みいただきありがとうございました。