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『一太郎』が『Word』に負けたのはWindows95発売時に戦略ミスをしたから?

読了時間: 約4

1990年代前半までは一太郎が主流

今から約25年前のことになるが、当時の代表的なワープロソフトと言えば『一太郎』。決して『Word』じゃ無かった。国産ソフトの代表格だったと言っても過言ではなかった。

当時私も「ジャストシステム」社の『一太郎』(ワープロソフト)『花子』(グラフィックソフト)『三四郎』(表計算ソフト)がセットになった『一太郎オフィス』だったかな?5万円以上支払って購入した記憶がある。

PC9821AP

当時はこんなパソコンを使っていましたね

photo by PC-9821シリーズ – Wikipedia


そして現在では個人ユースでワープロソフトと言えば代表的なのは『Word』、これに無償の『Google Doc』がかなり迫っていると言う感じかな?

熱心なアップルユーザーなら『Pages』。『一太郎』はかなり少ないのかな?『一太郎』は官公庁レベルでは現在もかなり使われると聞いているけど。

当時は今の様にDVDとか当然なかった時代。インストールはと言うと、フロッピーディスク50枚以上だったかな?
フロッピーディスク

今では考えられないけど、当時は1枚づつディスクに挿れるので、余裕で1時間はかかっていた。それをちまちまとやってましたよ笑 こういった類のフロッピーディスクは断捨離の1番手だったので、大量の数を廃棄してしまいました。現在では1枚も残っていません。

MEMO
フロッピーディスクドライブの容量は 720KB, 1.2MB, 1.44MBです
ついでに言うと当時【表計算ソフト】は 『Excel』より『ロータス1ー2ー3』が有名だった。

「ジャストシステム」社と「ロータス」社がお互いの弱点を補うかのように「Microsoft」社の『Microsoft Office』に対抗して、『一太郎オフィス』と称して『一太郎』と『ロータス1ー2ー3』をセットで発売していたことがあった。

一太郎
ロータス123
そして『Windows95』発売と同時に32ビット版『Microsoft Office』が発売された。ここから急転換していった。

1990年代後半からはMicrosoftの圧倒的な強さ

『Windows95』からソフトはそれまでの16ビットから32ビットに対応する仕様の変更が行われた。『Microsoft Office95』は32ビットにいち早く対応した。これが他社を圧倒的に差をつける決定打となった。

「Microsoft」社は何と言っても『Word』と『Excel』をOSと並行して開発出来る強みがあったからね。当時『Windows95』はもとより『Microsoft Office95』も爆発的な話題となり売れ行きも凄かったと記憶している。

一方『一太郎』はと言うと、『Windows95』に対応する32ビット版『一太郎7』をすぐに出す…とアナウンスしながらもなかなか出なかった。いや、出せなかった。結局対応が後手に回ってしまった。「ジャストシステム」社にもかなり可哀相な面があった。

他のソフト開発業者もそうなのだが、何しろ16ビットから32ビットへの変更仕様は「Microsoft」社に比べて、相当大変な作業工程を強いられたと聞いている。結局はOSを握っている者の圧倒的な強みを見せつけられたということだった。

参考サイト
12436288584_94d6bc46d2_b.jpg
Windows1.01~Windows8.1まで
起動音は1分くらいからです(音量注意)
…続きを読む

当時のWindows95起動音です。(音量注意)


しかし世間は(一太郎ユーザー)はそんなに甘くなかった。散々待たせたあげく、やっと『一太郎7』を発売したのは良かったが「重くてまるで使い物にならない」と不評続出。私も当時購入したがあまりの酷さにがくぜんとした記憶がある。

『一太郎7』はメモリなど高スペックを要求したからね。これを機に私も断腸の思いで(大げさ?)『Word95』に乗りかえた。当時はこうした人が多かった。

ATOKは優秀だったので、その後も使い続けたけど。(通算19年間)

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一太郎のユーザー離れが加速

そしてまさかの出来事が起こった。『一太郎7』を発売してから僅か(5〜6ヶ月?)で『一太郎8』が発売された。「メジャーバージョンアップ」だから、購入するなら新たに費用がかかる。短期間に2度も支払いしないといけない。

一太郎8
photo by Amazon | 一太郎 8 | ワープロ | ソフトウェア

この出来事は既存ユーザーの感情をさらに逆撫でにし、ユーザー離れに一層拍車をかけた。そりゃあユーザーも怒るわね、何じゃこの会社は?って。

これを「戦略ミス」と言わずになんと言えばよいのだろう?自ら墓穴を掘ってしまった。信用も失ってしまった。

ほぼ同時に『Microsoft Office』は「デファクトスタンダード」化していった。しかし「ジャストシステム」社にもまだ僅かながらチャンスは残されていた。

『Atok』 がWindowsの日本語入力にバンドルされるチャンスがあったからだ。当時Windowsの日本語変換は本当に「おバカさん」だったし。今はどうなんだろう?

私もMac使いになって十年以上になるから知るよしもないけど。だが「ジャストシステム」社はこの提案をことわった。…と私は当時聞いたのをおぼえている。もし受け入れていればその後この会社も大きく変わっていただろう。

その後「ジャストシステム」社は…

浮川 和宣氏(うきがわ かずのり)2009年4月にジャストシステムが経営不振によりキーエンスの傘下に入った関係から、同年6月にジャストシステムの社長を福良伴昭に譲り同社代表取締役会長に就任。さらに同年10月には会長も辞任し、同社の役員から退くこととなった。引用元:ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典」より

創業者の浮川夫妻は新しく「MetaMoji」社を設立

まとめ

もう少し当時の対応が違っていれば、ここまで一太郎の凋落もなかったはず。当時リアルタイムで浮川氏の強気なコメントを聞いた時、正直「あぁ、この人少しずれてるなぁ」感があった。

もちろん浮川氏にもジレンマはあったに違いない。このままだと「Microsoft」社に会社を潰さるという危機感は誰よりも強かっただろうから…当時「乗り換えキャンペーン」と称してマイクロソフト社とジャストシステム社の『仁義なき戦い』がさかんに繰り広げられていたからね。

『Atok』の優秀さは多くの人が認めているし、一(いち)日本人として本当に残念でならない。現在日本が世界に誇るソフトウェアが見当たらないだけに、今後もしばらくはこういう状況は続くのだろうなぁ…

一太郎(ジャストシステム)がもう少し頑張っていれば、日本のソフトウェア業界もひょっとしたら大きく変わっていたのかもしれない。

以上、お読みいただきありがとうございました。

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